合衆国憲法が起草され、各州による批准が進みつつあった
1787年から
1788年にかけて発表された政治文書『
ザ・フェデラリスト』において、連邦共和国の必要性が説かれ、国家としての安定と独立が志向されていることが認められる。フェデラリストたちは一様に新憲法の提唱者であり、憲法の制定をめぐる争いによって結束した
共和制保守派寄りの政治集団であった。更に独立戦争と新憲法制定の過程で王党派や民衆からの急進改革的な動きが排除された事により、建国当初のアメリカの政治はフェデラリストによる
一党優位政党制の様相を見せた。これはフェデラリストによって支えられた初代
大統領・
ジョージ・ワシントンの「我々には政党はいらない。なぜなら、我々は全て共和主義者(フェデラリスト)だからだ」という発言からも分かる。
フェデラリストは主として商人・製造業者・政府債権所有者、相当の財産をもった人々、東部沿岸の都市や人口の多い地区を支持基盤としていた。フェデラリストは、一連の経済政策・外交政策を実施したが、それらは次のように要約できる。