中国の
前漢から
後漢に流行した『
緯書』(
隋の
煬帝により禁圧され散逸、
三善清行による「革命勘文」(『
群書類従』 第貮拾六輯 雜部 所収)に『易緯』、『詩緯』の
逸文が残るのみ)には、庚申に続いて辛酉も干支ともに金性であり、かつ辛は陰の気なので、人の心がより冷酷になりやすいとされた。辛酉は
天命が改まる年とされ、
王朝が交代する
革命の年で
辛酉革命という。政治的変革が起るのを防ぐ目的で、日本の
平安時代には、三善清行の提唱で、昌泰4年(901年)の辛酉の年を「
延喜」と改元したことから始まった。前年の庚申年と2年続けて改元が行われることが多い。これは明治になるまで続けられた。ただし、中国ではこのような例はない。