航空救難団 wikipedia|無料辞書
海上自衛隊の「
救難飛行隊」とは捜索救難任務を分担をしており、陸地、沿岸地域は航空自衛隊、外洋および遠隔諸島地域は海上自衛隊が受け持つ。
◆ 任務及び概要
主任務は、過酷な環境で日夜活動する自衛隊に対しての救難である。墜落事故などを発生した
自衛隊機の機体・乗員の捜索救助が使命である。民間人の遭難者の救助は
災害派遣として行っている。これは、民間人に対する救難は、
消防がおもに実施し、山岳救助は
警察の山岳救助隊、海難事故は
海上保安庁が担っているからである。
また、
レーダーサイトなどへの補給・空中輸送任務も請け負っている。航空自衛隊航空救難団の
救難員は、航空自衛隊でも最精鋭の隊員で構成されているといわれる。
航空救難団は、レスキューコーディネーションセンター(RCC)で、日本国内の航空事故を一括して情報収集し、迅速に対応する体制が敷かれている。また、海上自衛隊とは共同で航空救難にあたっているが、海上自衛隊は独自にレスキューインフォメーションセンター(RIC)をもち、航空救難の情報をRCCとリンクしているほかにも、海難救助の情報収集を行なっている。航空自衛隊の救難部隊は、担当する空域を特定の戦闘機や練習機が飛行している間、救助機1機と捜索機1機で救難待機をとっている。この間待機しているクルーは、自衛隊機が緊急状態を宣言した際、即座に航空機に乗り込み
緊急発進を行えるように態勢を整えておかなければならない。自衛隊機の演習空域は人家を避けて海上や山岳地帯に設定されており、また、緊急事態は悪天候時に発生しやすいため、各救難隊はあらゆる状況での高い捜索救助能力が求められる。また、
防災ヘリや
消防、
海保等が出動困難な悪天候時などには、災害派遣として急患空輸や山岳及び海上における遭難者の捜索救助活動も行う。
隷下部隊として、10個救難隊(千歳、秋田、松島、新潟、小松、百里、浜松、芦屋、新田原、那覇)と4個ヘリ空輸隊(三沢、入間、春日、那覇)で編成され、それらを統括する飛行群本部が
入間基地(埼玉県狭山市)に、航空救難団が所有する航空機の整備等を行う整備群本部及び救難機、捜索機のクルーや救難員を養成する救難教育隊がともに
小牧基地(
愛知県小牧市)にある。各救難隊は3機の救難機(
UH-60J)と2機の捜索機(
U-125A)を基本編成としている。
◇ 保有航空機
・ 捜索機
・ 救難機
・ 輸送ヘリコプター
※ ( ) 内はコールサイン(機種別になっている。)
Image:UH60J KAB003.jpg|救難機より救難員が降下する際の様子
Image:UH60J KAB004.jpg|負傷者を救助し救難機に収容する際の様子
Image:JASDF U-125A.JPG|救難機U-125A
Image:JASDF CH-47J.JPG|輸送ヘリCH-47
◆ 沿革
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1958年(昭和33年)3月:臨時救難航空隊が設置
・ 1958年(昭和33年)10月:臨時救難航空隊が救難航空隊・救難教育隊・救難整備隊に改編
・
1960年(昭和35年)7月:救難航空隊が入間基地へ移動
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1961年(昭和36年)7月:救難航空隊が航空救難群に改編
・
1964年(昭和39年)12月:救難分遣隊を救難隊に改編
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1971年(昭和46年)3月:航空救難群が航空救難団に改編、飛行群及び整備群を新編
・
1989年(平成元年)3月:新編された航空支援集団隷下となる。
◆ 部隊編制
・ 航空救難団司令部(入間基地)
・ 飛行群本部(入間基地)
・ 入間ヘリコプター空輸隊(入間基地)
・ 那覇ヘリコプター空輸隊(那覇基地)
・ 救難教育隊(小牧基地)
◆ 航空救難担当区域と司令部
航空救難は、航空自衛隊と海上自衛隊が担当区域を重複しないように区分している。
航空自衛隊は、陸地と沿岸部、海上自衛隊は洋上部をおもに担当している。
・第1救難区域(北海道および周辺)航空自衛隊
三沢基地
・第2救難区域(日本海北部、三陸沖)海上自衛隊
八戸基地
・第7救難区域(南九州と周辺海域)海上自衛隊
鹿屋基地
・第8救難区域(南西諸島、先島諸島)航空自衛隊
那覇基地
◆ 司令部編成
・ 監理部
・ 人事部
・ 防衛部
・ 装備部
◇ 高級幹部
◇ 歴代司令