北朝鮮当局は、報道機関を通じて、「大韓国民航空が『義挙越北』(自らの意思で軍事境界線を越境)した」と発表した。併しその一方で、韓国警察は同月20日、北朝鮮工作員である金澤善ら3名が犯人であると発表し、25日には奇?永など3名を事件の幇助と背後操作の嫌疑で逮捕した。
韓国政府は、
2月22日に国会で北朝鮮の「蛮行」を糾弾する決議を行ない、
国連軍参加16カ国に対し協力を求めるメッセージを送った。それを受け、国連軍は2月24日の軍事停戦委員会で首席代表が乗客と乗務員、機体の早急な送還を北朝鮮に要求し、
1958年3月6日、
スチュワーデス、
乳児1名、実行犯と思われる7名を除いた全乗客と乗務員が、韓国への帰還を果たした。ただし、「滄浪(チャンナン)号」の機体は返還されなかったので、大韓国民航空は運営上の大きな打撃を受け、赤字の解消に頭を悩ませることとなった。その後、奇?永ら3人は裁判にかけられたが、奇?永はスパイ罪以外の罪状で
懲役7年の刑を宣告され、他の2名は無罪として釈放された。