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「嶺南」||就活-master.com (05/27update)

嶺南 wikipedia|無料辞書

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日本嶺南(れいなん)とは、福井県南部の若狭湾沿岸の地域を指す。江戸時代の小浜藩にほぼ該当し住民の共同意識が強い。また地形的にもリアス式海岸という共通性があり、気候的にも似かよっている。敦賀市越前国に属しているので、若狭国とはが異なる。ただし敦賀市が若狭地方でないとも言い切れない。
嶺北との境は、山中峠木ノ芽峠栃ノ木峠稜線である。

◆概要
嶺南という呼称は、現在の福井県が設置された1881年頃に、北陸道(北国街道)の難所である木ノ芽峠(木嶺)より南側を「木嶺以南」(もくれいいなん)と呼び始めたことに由来する。
地理的には若狭湾岸に位置しており、観光ガイドなどで北近畿に含まれることもある。また敦賀から舞鶴米原京都金沢の各方面へ鉄道道路が分岐しており、交通の要衝でもある。歴史的に、畿内から北陸道の入り口として機能したほか、若狭湾の港は古くから畿内の外港として機能し、京や近江丹後との交流が盛んであった。
その影響もあって、嶺南地方(高浜町〜敦賀市)で話されている方言は近畿方言である若狭弁で、舞鶴弁江州弁の影響を受けている。
また嶺南地域には原子力発電所が多く立ち並ぶため、「原発銀座」として有名な地域である。

◆ 自治体
以下の2市3郡4町からなる。
敦賀市(福井県嶺南振興局所在地)
小浜市(福井県嶺南振興局所在地)
三方郡
  ・美浜町
大飯郡
  ・高浜町 - おおい町
三方上中郡
  ・若狭町

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◇ 地域名称
この地域を表す名称として、嶺南のほかに若狭という名称が用いられることもある。敦賀市は、令制国では北陸道の入口として越前国に属しているが、若狭湾に面する地理的な位置や、江戸時代には若狭酒井家の統治する小浜藩(若狭藩)の領地(越前敦賀郡の大部分は小浜藩領(若狭藩領)・残りが小浜藩(若狭藩)の支藩である敦賀藩の領地)であった歴史的背景から、便宜的に嶺南を「若狭」という名称で扱われることがままある観光ガイドで、敦賀を「若狭エリア」に掲載しているものがある。。一方で、1942年の地方官官制改正による地方事務所の区分でも見られる、敦賀市と三方郡の嶺南東部を「二州福井県の施設である[外部リンク] 二州健康福祉センターは、敦賀市・若狭町(旧三方地区)・美浜町をエリアに入れている。、遠敷郡(小浜市など)と大飯郡の嶺南西部を「若狭」と表示される例もある。ただし、若狭(旧国名)に比べて、二州(「二」は越前国と若狭国の2国、あるいは敦賀郡と三方郡の2郡を指す)の名称はあまり一般的ではない。

◇ 市町村合併
いわゆる「平成の大合併」において、8市町村を一つにする「嶺南一市構想」が持ち上がったが、意見が集約できず、結局は、若狭町おおい町の発足に留まっている。

◇ 沿革
市町村制施行以降の沿革(概略)