当時の政府は,殖産興業政策を強力に展開するにあたって、近代的な銀行制度の導入を計画していたが、その一環として長期金融機関は必要不可欠であった。農業金融機関については、
日本勧業銀行を中央機関とし、
農工銀行を地方機関として各府県に1行を設置するという案が浮上した。その後、
日本勧業銀行法と
農工銀行法が制定され、日本勧業銀行は
1897年に開業し、各府県の農工銀行も1、2年後にかけて続々と開業した。当初、北海道に農工銀行の設立することが予想されていたが、北海道における地元の資金力が乏しく、地元株主の募集が極めて難しい状況にあった。このような北海道の特殊事情から、株主を地元だけでなく内地にも求めるため、農工銀行法とは別個の法律を制定して北海道に独自の金融機関を設置する法案が起草された。