養鶏業の「北海スターチック株式会社」を経営する
浜田輝男は、この動きを期待を持って見ていたが、実際に移行してみれば各社間の価格差は300円ほどしかなく、さらには
往復割引制度が廃止されたために実質的には5000円程度の値上げ状態にあった。浜田はこれに憤慨し、地元紙に投稿したり、
異業種交流の会合で、「道内経済界で結束し新規航空会社をつくって参入し、大手航空会社に主導権を掌握されている状態を打破して北海道経済の安定化と活性化につなげよう」と北海道内の
ベンチャー企業などの若手経営者を中心に呼びかけた。
大学教官、
医師、
弁護士、印刷会社経営者などの若手29名が集まって出資しあい、航空会社設立を目指す調査企画会社として、1996年11月14日、北海道国際航空株式会社を資本金1,430万円で札幌市に設立した。将来的に、
樺太など、北海道や札幌市が交流を進めている「北方圏」諸都市への近距離国際線の就航を目指すとし、社名に「国際」の名を入れた。この時点では
北海道経済連合会、経営者協会などの各団体や
北海道電力などの大手企業をはじめとする道内経済界はこの構想に懐疑的な立場だった。また、旅行会社の
エイチ・アイ・エスも、規制緩和にビジネスチャンスをとらえ、新規参入を目指しており(後の
スカイマーク、以下SKYと表記)、浜田らの動きとの合流もしくは共同関係を模索していたが、利益が中央に流れる本州資本ではなく、あくまでも道民主導による内発的な会社によって運営されることで利益が地元に還流される構造と、それによる地域振興を目指す立場のため、これに合流しなかった。