内閣総理大臣補佐官 wikipedia|無料辞書
内閣総理大臣補佐官(
ないかくそうりだいじんほさかん)は、
1996年から
内閣法に規定された内閣官房の
官職の一つ。
内閣の重要政策に関して
内閣総理大臣に進言し、またその命を受けて内閣総理大臣に意見を具申することを職務とする。内閣総理大臣直属の非常設の
国家公務員(
特別職)であり、内閣総理大臣の申出により内閣において任免される。通称は
首相補佐官(しゅしょうほさかん)。
◆ 概要
組織の面では法律上
内閣官房に属するが、指揮系統としては内閣総理大臣の直属であり、事実上
内閣官房長官の管理から独立して職務を遂行することができる。定数は2001年以降最大5人となっているが設置は義務ではなく、全く置かないことも許される。任命に際しては、担当事項の内容・当人の事情等を勘案して常勤・非常勤の別が指定される。常勤と非常勤の主な違いは、勤務形態・報酬のほか、兼職する場合(就任前からの職業を続けたい場合も含む)に常勤の内閣総理大臣補佐官のみ内閣総理大臣の事前許可を要するとされていることである。
設置(任命)される事例としては次のようなものが挙げられる。
・いわゆる「官邸主導の政治」を推進するため、総理の方針・考えに親しい人物を直属の部下として登用する場合(
米国の
大統領補佐官に倣ったもの)
・重大な外交問題あるいは機構制度の大改革のような国内外からの反撥・抵抗等が想定される困難な職務に関し、特定省庁でなく総理直属の人物を省庁横断的な調整役の高官として登用する場合
・高度に専門的な分野の業務を政府として遂行しなければならない事態が生じ、民間の学識経験者等を政府高官として登用する必要が生じた場合
・閣僚就任を固辞した民間人等に「政府の一員」としての職務遂行を依頼する場合
・内閣総理大臣の相談役(
顧問)的な人物を非常勤で登用する場合
◆沿革
◇法制化前
・
1994年10月14日 -
村山内閣において、首相の私的な相談・補佐役(設置についての法律・政令上の根拠なし)として
内閣総理大臣補佐(
首相補佐)が設けられ、
中川秀直(
自民・衆)・
早川勝(
社会・衆)・
錦織淳(さきがけ・衆)の3人が起用される。細川内閣時代の特別補佐と異なり官邸への常駐形態はとらなかった。
◇法制化後
・1996年
6月26日 -
内閣法の一部改正により
内閣総理大臣補佐官(定数は最大3人)として法制化され、
内閣官房に設置される。
・2001年
9月3日 - この日以降に任命されるすべての補佐官について、内閣総理大臣からの辞令の内容(担当業務)が
官報に掲載されるようになる。
◇事実上の首相補佐官
第1次橋本内閣において、
沖縄の
米軍基地・
楚辺通信所一部用地の強制使用手続に関する
大田昌秀沖縄県知事の代理署名拒否問題解決のため、1996年8月から9月にかけて、沖縄問題に詳しく人脈を持つ
下河辺淳(
国土庁国土審議会会長、元国土
事務次官)をいわゆる密使として沖縄に派遣するなど交渉・処理に当たらせたが、この際いわゆる「政府筋」から下河辺を「事実上の補佐官」と評する発言があり、その旨の新聞報道もなされた。この時点では既に補佐官は法制化されていたが、下河辺がこれに任じられることはなかった。この件の約2か月後に初代の内閣総理大臣補佐官2人が任命され、うち1人は沖縄担当とされたことから、当時の報道では下河辺がテストケースであったと評価するものもあった。
◆ 歴代内閣総理大臣補佐官の一覧(法制化以後)
・現に在任中の者は黄色地で表示する。
・辞令のある再任は個別に記載する。
・発令日の古い順(同日の場合は官報掲載順)に記載する。ただし、同一人物についてはとりまとめて記載。
・辞令内容(担当事項)の官報掲載は小泉内閣からであり、それ以前(中曽根補佐官まで)の担当事項は新聞報道等を参考に記載したため、必ずしも正確なものではない。