傾斜生産方式(けいしゃせいさんほうしき、priority production system)とは、
第二次世界大戦敗戦後の
日本国において、経済
復興のために立案、実行された
経済政策。基幹産業へ重点的に
資源配分を行うことによって、他の産業に波及効果をもたらし経済成長を喚起、この成功の後に
消費財などの生産が増大し経済活動が活性化することが期待された。
1946年12月27日、当時の
第1次吉田内閣によって決定され実行された。限られた資源と資金の配分を市場の
自由放任でなく
経済計画によって決定し、産業成長の速度を上げようという
政策である。具体的には、
石炭・
鉄鋼を重点的に増産し、この二者間による相互作用的・循環的な設備充実・生産拡大を誘導、このことが他の産業に波及するように
補助金などで支援し効果を狙った。この相互作用の結果、
食糧と
肥料・
電力、
造船・
海運など重点的な産業を指定し支援した。
片山内閣でもこの政策は引き継がれ、これらの効果により、戦後間もない日本経済は復興の目処を立てたが、金融の緩みから過剰な資金投入が行なわれ
インフレーションが加速した。