敗戦後、旧日本軍施設は米軍に接収されたのち返還され、
法務省、
国土交通省、
自衛隊など国の施設・研究所、文教施設、工業団地などに生まれ変わった。埋め立て地には3本煙突がランドマークとなっている
横須賀火力発電所が立地し、
東京湾フェリーの就航によって
房総半島への玄関口としての役割も担うようになった。残っていた
田畑は姿を消し、平野だけでなく
丘陵部にも宅地開発が進んだ。このため
東京、
横浜の
ベットタウン化が進み人口は急激に増加した。また
くりはま花の国や
ペリー公園など観光施設の整備、『
久里浜ペリー祭』といったイベントの開催など、『開国の街』として魅力的な町づくりが進められてきた。現在の久里浜は、横須賀市内では本庁地区についで発展した街並みとなっている。