就活-master.com (05/26update)

▼最新情報をCheck!!▼


「上砂川支線」||就活-master.com (05/26update)

上砂川支線 wikipedia|無料辞書

前のページ 1/2 次のページ
| RADIUS =
| V-MAX =
| BILDPFAD_KARTE =
| PIXEL_KARTE =
| IMAGE =
| CAPTION =
| IMAGE_SIZE =
-->
| -->
|}
上砂川支線(かみすながわしせん)は、国鉄北海道旅客鉄道(JR北海道)がかつて保有していた函館本線の支線の通称である。

◆ 路線データ
・路線距離(営業キロ):砂川-上砂川間7.3km
軌間:1067mm
・駅数:5駅(起終点駅含む)
・複線区間:なし(全線単線)
・電化区間:なし(全線非電化)
閉塞方式:スタフ閉塞式(全線1閉塞)

◆ 概要
砂川駅の上砂川支線ホームは、かつて多くの側線があった時代の名残で函館本線のホームから離れた場所に位置しており、長い跨線橋で連絡していた。現在は上砂川支線に通じる部分が解体された。
当初は、三井鉱山合名会社が保有する三井砂川炭鉱からの石炭輸送を行うために敷設された専用線であったが、後に国有化され函館本線に組み込まれた。
国鉄再建法に基づく特定地方交通線(閑散ローカル線)の廃止が進められた時は、同じく砂川駅から分岐していた運炭路線の歌志内線が独立した線名を有していたため廃止対象路線となったのに対して、上砂川支線は当時から歌志内線よりも旅客の輸送密度が低かったにも関わらず、「函館本線の一部」として輸送密度が計算されたため、特定地方交通線はおろか地方交通線にも指定されず、幹線として存置された。しかしJR発足後、炭鉱の閉山の影響も受けて廃線となった。
廃止前から、北海道中央バスが既に並行して多くの路線バス(歌志内線・上砂川線)を運行していたため、代替交通機関は設定されなかった。

◆ 運行概要

▲上へ / ▼下へ

1959年5月1日の運行本数は19往復
1986年11月1日改正時の旅客列車
・運行本数:日6往復(6、7、14、16、18、20時台に運転)
・所要時間:全線下り16分、上り13分
・:末期の上砂川行始発列車は下鶉、東鶉を通過していた。

◆ 使用車両
いずれも気動車

◇ 民営化後
しばらくの間、朝ラッシュ時にはキハ56+27の2両編成、それ以降はキハ54形500番台を使用。後にキハ54がキハ40形100番台に置き換えられた。ワンマン化以降はキハ22形700番台が使用され、末期はキハ40形700番台が使用された。なお、ワンマン化後の車両は苫小牧運転所の所属である。

◆ 歴史
1918年(大正7年)11月 三井鉱山の専用線として開業
1926年(大正15年)8月1日 国有化のうえ函館本線に編入し、旅客営業開始、上砂川駅設置
1948年(昭和23年)12月1日仮乗降場新設
1953年(昭和28年)10月1日 鶉仮乗降場を駅に改める
1959年(昭和34年)5月1日 下鶉仮乗降場新設、旅客列車を気動車化し、客貨分離運転開始
・1959年(昭和34年)12月18日 下鶉仮乗降場を駅に改める、東鶉駅新設
1975年(昭和50年)11月4日 D51 603による運行をもってSL運転廃止
1983年(昭和58年)11月 上砂川駅でドラマ「昨日、悲別で」を撮影
1987年(昭和62年)3月 貨物列車の運行終了
・1987年(昭和62年)4月1日 国鉄分割民営化により北海道旅客鉄道の路線となる
1990年(平成2年)3月10日 ワンマン運転開始
1992年(平成4年)4月1日 日本貨物鉄道第二種鉄道事業廃止
1994年(平成6年)5月16日 全線廃止、北海道中央バスの既存路線で代替

◆ 駅一覧
所在地は廃止時点のもの。