カール・マルクスは、
無産階級や
労働者階級の中でも
革命意欲を失った極貧層を「ルンペンプロレタリアート」と定義し、「ルンペンプロレタリアートは信用ならない」「
反革命の温床になる」と退けた。この背景にはルイ・ボナパルト(後の
ナポレオン3世)の
クーデターが
フランス第二共和政を崩壊させてしまったことから来るマルクスの憤りが含まれている。ルイ・ボナパルトの軍隊にはマルクスが「ルンペンプロレタリアート」と呼ぶ最貧層の者が多く含まれていた。原義的には「ブルジョワ階級の扇動に乗りやすく(
共産主義)革命に非協力的な最貧層」ということになる。そのようなマルクスに対して
ミハイル・バクーニンは、ルンペンプロレタリアートこそが革命の基盤であると高く評価し、プロレタリアート以外の最下層階級を主勢力とする第三世界の革命闘争はマルクス主義的ではなくバクーニン主義的であるとする見方が多い。
このことから
20世紀になると、
スターリニズム粛清や
文化大革命のような出来事が生じた。つまり、指導部や独裁政党に従おうとしない極貧層は、
暴力を用いてでも政治的目標や国家エリートの政策・方針に従わせなければならず、従わないときは最悪の場合、「粛清」という名目で殺してしまっても構わない、という考え方が共産主義運動の国際的な流れとなったのである。それに対して
日本の
左翼党派は政治的に国家の実権を握ることは無かったのでルンペンプロレタリアートを含めた貧困層を基盤にしてきたが、
新左翼も基本的にこの延長線上にある(
山谷争議団など)。日本の左翼・
労働運動にはマルクスよりもバクーニンなどとの類縁性がうかがえる。