1974年に
ニュージーランド労働党へ入党する。1981年にセント・キルダ(St Kilda)地区より出馬し当選。以降、1996年まで同選挙区で議席を確保し、1996年はダニーデン・サウス地区へ移り当選する。1999年より比例名簿入り。1984年に院内幹事に就任以降、財務副大臣、社会福祉大臣、高等教育大臣など要職を歴任。現在は、
ヘレン・クラーク政権下で、ニュージーランド労働党副党首、副総理、財務大臣、ワイタンギ条約担当大臣ほかを務める。2008年の総選挙対策では減税を行い幅広い支持層の獲得に善戦するもニュージーランド国民党に敗北し、副党首を辞任した。