192年12月31日にコンモドゥス帝暗殺の首謀者である侍従長ラエトゥス、親衛隊長エレクトゥスはペルティナクスの家へ向かい、帝位に就くように願い出た。ペルティナクスは驚きながらも、2人の説得により帝位に就くことになる。そのために親衛隊に12,000
セステルティウスを支払い、元老院の承認を受け、帝位へと就いた。
高潔な性格であったためコンモドゥスの行った悪徳や暴政の跡を修復しようと心がけたが、その改革は性急で厳格なものであった。財政再建、悪税の廃止、国家経費の削減、さらに親衛隊の軍規を正そうとした。その結果、不満を持った親衛隊により1月と3月に陰謀が企てられる。これは失敗に終わったが、さらにその後3月28日に陰謀が成功し、ペルティナクスは暗殺された。