現在の社名になったのは
1968年で、翌年に初の北
大西洋便となる
ニューヨーク線を開設し、ヘルシンキ・ヴァンター空港ターミナルがオープンした。
日本への乗り入れは
1983年4月だが、ここでフィンランド航空は、当時の日欧路線では考えられないような発想を日本路線に持ち込んだ。保有していた
DC-10型機のうち1機の燃料タンクを増強し、3クラス200席強の旅客キャパシティでの10時間を越える
ノン・ストップ飛行を可能にし、この機材を日本路線の専用機材と位置付け、
ベーリング海上空経由のノン・ストップで結ぶ路線として話題になった。また、成田に到着した機材をその日のうちに折り返さず、1日ステイさせて折り返すスケジュールを組んだことで、同社が古くから誇りとしている定時性の確保も図られ、同社は日本でも「絶対に遅れないエアライン」としても注目を集めた。旧ソ連が崩壊した
1991年からはシベリア上空通過ルートとなり、所要時間が大幅に短縮した。
1994年から数年間、
ムーミンや
サンタクロースの特別塗装機(いずれもダグラスDC10型機)で話題を呼んだ。
2008年、会社設立85周年を迎えると共に、日本就航25周年を迎えた。
ただ、フィンランドに対する直接の利用は夏季の観光客や冬季のオーロラ観光を除いて極めて少ない。これはフィンランド政府・フィンランド航空も織り込み済みであり、ヴァンター空港におけるヨーロッパ各地への乗り継ぎを前提に考えている。また利用者からも、「定時性が極めて高い」「その先の乗り継ぎが良い」(ほとんどの欧州主要地に路線がある)、「日本から最速最短時間で行ける欧州」(飛行時間:9時間30分)などの理由から、欧州各地へのビジネス旅客輸送において一定の評価を得ている。2010年、現行週4便の成田線を増便し、通年週7便のデイリー運航を開始予定。