後にコロリョフは、自分を収容所に送ったのがグルシュコの虚偽の告発と知り、死ぬまで相互不信が続く事になった。ソ連首相
フルシチョフは2人の不仲を非常に気にかけ、コロリョフとグルシュコを夫人同伴で自宅に招いて仲直りさせようとしたが、成功しなかったという。フルシチョフはまた、コロリョフの人間性をあらわすエピソードとして以下の話を回想記に記している。コロリョフは、自分が当初反対した酸燃料を用いたミサイルのプロジェクトが
ミハイル・ヤンゲリの主導で成功しはじめたのを見ると、そのプロジェクトを自分に回してくれるようにとフルシチョフに直訴した。フルシチョフは、「そんなことをしたらヤンゲリに対する侮辱になる」とコロリョフをたしなめた上で、「天才にも弱点があるものだ」と回想記に記している。