木造帆船で構成されたオスマン艦隊に対して黒海艦隊は蒸気船が中心で、無警戒だったこともあって戦闘は一方的にロシア軍優勢のまま進み、オスマン艦隊はほとんど抵抗することもなく撃沈され、さらに艦艇を港内に停泊させたままだったため砲撃が市街地にまで及び港湾施設まで徹底的に破壊された。
結果として、シノープは軍港としての機能を完全に失い、ロシア軍はイスタンブルからカルスまでの長大なオスマン軍の補給線を断つことに成功したが、この戦いの結果があまりにも一方的だったことと海上で助けを求める者にまでロシア艦が砲撃を加えたという話が伝わったことから欧州では「シノープの虐殺」と報道され、
イギリス及び
フランスの世論が沸騰し、両国がクリミア戦争に参加する契機となった。