1974年、
ルーテル教会の
ヘルムート・フレンツ監督と、
カトリックの
エンリケ・アルベアル司教がピノチェトに面会し、「肉体的圧力(ピノチェトを憚って「拷問」の用語を避けた)」を止めるよう申し入れた。ピノチェトは自ら「拷問のことかね?」と返し、「あんた方(
聖職者)は、哀れみ深く情け深いという贅沢を自分に許すことができる。しかし、私は軍人だ。
国家元首として、チリ国民全体に責任を負っている。
共産主義の
疫病が国民の中に入り込んだのだ。だから、私は共産主義を根絶しなければならない。(中略)彼らは拷問にかけられなければならない。そうしない限り、彼らは
自白しない。解ってもらえるかな。拷問は共産主義を根絶するために必要なのだ。祖国の幸福のために必要なのだ。」と、拷問を正当化した。フレンツは殺されこそしなかったが、後に国外追放された。